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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)437号 判決

控訴人 東豊交易株式会社

被控訴人 杉田良之助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記のように訂正附加した外原判決の摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

第一、控訴人の主張。

原判決摘示控訴人の主張の(3) (ロ)を次のとおり訂正する。すなわち、(ロ)控訴会社は、昭和二十五年二月下旬当時の株主たる石田宗司(二千株)、神谷正太郎(四千株)、奥田秀次郎(二千株)、梅北末初(二千株)、茂又肇(二千株)、石本正彦(二千株)、吉岡信之(二千株)、島田光衛(二千株)、被控訴人(二千株)らに対し株券を発行したが、元来控訴会社は、石田宗司、被控訴人、奥田秀次郎、梅北末初、吉岡信之、茂又肇及び石本正彦の七名が発起人として各二千株を引き受け、神谷正太郎が株式申込人名義の下に六千株を引き受けたのであるがその株金については、石田宗司が神谷正太郎より金百万円を借り受け、該金円をもつて同人及び右発起人六名に代りその引受株式に対する株金の払込をなし、昭和二十四年十一月十一日設立登記を完了したもので、石田宗司以外の株主は、石田宗司との特約の下に、単に同人に株主たる名義を貸与した所謂名義株主たるにすぎない。控訴会社は、実質上石田宗司の個人会社というべきで、石田宗司は、控訴会社の設立の当初、右の原始株主からそれぞれ譲渡を前提とする名義書換のための白紙委任状の交付を受けてこれを保管し、後日会社において、右各株主名義の株券を発行したときは、何時にてもこれらの株券に該委任状を添附して当該株式の譲受人に名義書換をなし得る権限を特約により授与せられていたものである。よつて、前記のように株券発行のあつた後、昭和二十七年八月中、石田宗司は、右の権限に基ずき前記株券にその保管にかかる白紙委任状を添附して奥田秀次郎名義の株式二千株を石田衛に、茂又肇名義の株式二千株を石田宗兵衛に、吉岡信之名義の株式二千株を田中三男に、石本正彦名義の株式二千株を近田久に、神谷正太郎名義の株式のうち二千株を石田宗司に、残余の二千株を矢野智弘に、島田光衛名義の株式二千株を田中元に、梅北末初名義の株式二千株を豊島中に、被控訴人名義の株式二千株を有富光門に各譲渡して名義書換の手続を了し、さらに石田宗司は、昭和二十九年七月二十日有富光門より同人が被控訴人より譲り受けた右二千株を譲り受け、同日石田宗司名義に書換手続を了した。本件総会の招集通知は、右名義書換のなされた株主名簿上の株主に対し発せられ、これに対し石田宗兵衛、石田衛、田中三男の三名が委任状により、その他の六名が現実に出席して決議したものであるから、何らの違法がない。

第二、被控訴人の主張。

一、原判決事実摘示の請求原因(2) の(イ)及び(ロ)につき次のとおり、さらに事実を明らかにする。すなわち、

(イ)  本件株主総会の議事録は形式的には作成されているが、実質的には総会の招集もなく、招集の通知もなかつたものである。乙第一号証(臨時株主総会招集御通知と題する書面)は後日日附を遡らして作成されたものであり、乙第三号証(臨時株主総会議事録)には現実出席していない石田衛が取締役として署名している。

(ロ)  仮りに控訴人主張のように石田宗司が代表取締役在任中である昭和二十七年十二月十八日にその資格において本件総会の招集通知をしたとしても、元来株主総会の招集は、取締役会の決議によりなさるべきところ、本件招集は石田宗司が独断でなしたものであるから、商法第二百三十一条に反する違法のものであり、従つてこれに基き開催せられた本件株主総会は正当な株主総会ということができず、少くとも右総会において決議せられた決議は無効である。

二、控訴会社の株券の発行は全然なく、株主名簿も作成されていなかつた。

〈立証省略〉

理由

昭和二十八年一月二十三日午前十時東京都中央区日本橋本町四丁目一番地株式会社三近商会事務所において開催せられた本件係争の臨時株主総会は、その実控訴会社の二千株の株主である石田宗司と株主でない有富光門その他の者らによつて開催せられた単なる集会と目すべきものであつて控訴会社の臨時株主総会ということができず、従つて右総会において決定せられた本件係争決議は、控訴会社の株主総会の決議としては存在しないものといわなければならないこと、並びに同日午前十一時同所において開催せられた本件係争の取締役会の決議は、石田宗司以外の取締役に対する招集手続をかき、また取締役でない石田衛、有富光門及び田中元が加つてなした点において重大な瑕疵があり、当然無効であること、及び被控訴人が本訴につき確認の利益を有することは、原判決の詳細説示するとおりであるので、左記附加補足する外、原判決の理由を全部ここに引用する。

(一)  被控訴人は、本件臨時株主総会は招集の通知もなされず開催の事実もない、という。なる程、控訴人が本件臨時株主総会の招集の通知の控であるという乙第一号証は、その作成の日附が昭和二十七年十二月十八日となつていて、会日より一月以上前であり、控訴会社のように株主の数が十名にみたない会社であつて、会議の目的事項が乙第一号証に記載のとおり取締役及び監査役改選の件並びに定款変更の件の二件に止まる場合、果して会日まで一月以上の期間をおく必要があつたかどうかにつき首肯するに足る格段の事情なく、また右通知を郵便に付しまたは郵便によつてなしたとすれば、発信簿に記載がありまた郵便物受領証等があるべき筈であるのにかかわらず、ついにこれらは書証として提出されることなく、この点に関しては単に原審並びに当審証人堀池善次郎が本件招集通知は自分がなした旨供述するに止まり、しかも同証人はその通知の日時を記憶していないというのであるから、果してその日附の頃乙第一号証のような通知がなされたかどうか甚だ疑わしく、また控訴人が本件臨時株主総会の議事録だと主張する乙第三号証によれば、石田衛は出席株主として署名しており、その間同人は委任状による出席株主であつたという控訴人の主張と喰い違いがあり、(もつとも当審証人堀池善次郎は、石田衛は当日出席しており、唯万一出席できない場合を慮り委任状を提出していたに止まる、と証言している。)さらに成立に争ない甲第二ないし第四号証、第六号証、原審における原告(被控訴人)本人の供述によりその成立を認めうべき甲第五号証、原審並びに当審における被控訴人(原告)本人尋問の結果を綜合して認めることのできる控訴会社内部において代表取締役石田宗司と被控訴人ら他の取締役との間に内紛を生じ、被控訴人は、控訴会社取締役として昭和二十七年十二月十二日附書面を以て同年同月二十二日午後二時東京都新宿区四谷三丁目二番地の二控訴会社本店において取締役会を招集する旨の通知を全取締役に対してなし、石田宗司の出席に及ばない旨の声明にもかかわらず、右会日に取締役六名中石田宗司を除く五名の取締役が出席し、四名の多数決を以て代表取締役石田宗司を解任し被控訴人を代表取締役に選任する旨の決議をなし、同年十二月二十六日その旨の登記を了した事実並びに右事実よりして本件臨時株主総会はこれが対抗手段として石田宗司によりくわだてられたものではないかと推測される事実を考慮するときは、本件臨時株主総会は果して右議事録記載のとおり真実開催せられたものであるかどうか、疑いを挾む余地がないでもないが、さりとて的確なる証拠のない限り、これを架空のものと断じさることもできず、結局原判決のいうとおり、反証のない限り乙第一号証のような通知がなされ、乙第三号証記載のとおり総会が開催せられたとなすの外ないであろう。

(二)  株主総会の招集は原則として取締役会がこれを決すべきものなることは、商法第二百三十一条の明定するところである。そして本件において石田宗司が臨時株主総会を招集するにつき取締役会の決議を経由した証拠はない。しかしながら、取締役会の招集決議は、いわば取締役会という執行機関の内部における意思決定であつて、その決定に従い個々の取締役が行動することは業務執行の範囲に属するものといわなければならない。そして本件において、本件臨時株主総会の招集通知が昭和二十七年十二月十八日頃になされたものとすれば、当時は、石田宗司は控訴会社の代表取締役であつたのであるから、たといその招集が取締役会の決議によらないものであつたとしても、これを以て善意の第三者(一般株主は第三者に準ぜられる。)に対抗することができない関係上、当然無効となることなく、決議取消の訴をまつてはじめてその効力が決せられるものというべきである。そして被控訴人が法定期間内にかかる決議取消の訴を提起したことは被控訴人の毫も主張しないところであるから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

(三)  果して然らば、本件の核心は石田宗司が控訴会社の株主なりとして招集の通知をなした石田衛、石田宗兵衛、田中三男、近田久、矢野智弘、田中元、豊島中並びに有富光門の八名が果して当時控訴会社の真実の株主であつたかどうかにあるものといわなければならぬ。この点に関し、控訴人は、控訴会社は石田宗司の個人会社であつて、同人を除く他の株主はいわゆる名義株主にすぎず、石田宗司は控訴会社設立の際原始株主たる神谷正太郎外七名との間に何時にても石田宗司の欲する時にその株式を同人の指定する者の名義に書き換え得る旨の特約を結び、これがためそれぞれ白紙委任状の交付を受けていたので、昭和二十七年八月頃右特約に基きこれら白紙委任状を使用して前記石田衛外七名の名義に書き換えたもので、石田衛外七名も名義株主ではあるが本件招集通知当時控訴会社の株主であつた、と主張する。そして原審並びに当審証人石田宗司の証言並びに右証人の当審における証言によりその成立を認めうべき乙第十二号証の一ないし七を綜合すれば、控訴会社の経営の衝には主として石田宗司があたり同人の独断専行の観があつた事実を認めることができるけれども、その余の控訴人の主張に副うが如き右証人の証言は後記証拠並びに事実に照しにわかに信用することができず、これをおいて他に控訴人の主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。すなわち、当審証人石田宗司は、名義書換に使用した神谷正太郎らの白紙委任状は控訴会社に存在する旨証言しているにかかわらず、これが提出なく、また前記甲第四号証によれば、石田宗司は、被控訴人の招集にかかる取締役会の招集通知に対し、単に自己が招集権を有している旨強調するに止まり、当時被控訴人が株主でないことには少しも言及しておらず、また当審証人島田美津江には、自分は通称光衛というが、かつて控訴会社の株主となつたことなく、石田宗司とも面識なく、同人と株式名義書換に関する特約を結んだことがない旨証言しており、さらに成立に争ない甲第一号証、第十四号証の一ないし三、第十五号証、第十七号証、原審並びに当審証人神谷正太郎の証言及び原審並びに当審における被控訴人(原告)本人尋問の結果を綜合すれば、控訴会社は神谷正太郎が石田宗司の経験と才能を惜み、これを生かす趣旨で金百万円を投資し、神谷の個人会社ともいうべき東豊産業株式会社の姉妹会社として設立した会社で、その経営面においてこそ石田宗司の自由手腕に委したが、株主としては総数二万株中二千株の株主となしたに止まり、その余の一万八千株は、内六千株は自己名義とし、他はすべて自己側近の被控訴人その他の者の名義となし、石田宗司との間に控訴人主張のような株式名義書換に関する特約をなしたことのないことはもちろん、むしろ自己の個人会社と目していた事実を認めうべく、乙第七号証の一、二、第十三号証、第十四号証の一、二、その他控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも右認定を左右することができない。果して然らば、石田衛以下の者は、仮に株券上名義書換がなされ、株主名簿に記載されているからといつて、固より控訴会社の株主となるべきいわれなく、被控訴人その他の原始株主が依然として株主たる地位を保持していたものとなすべきである。

されば被控訴人の本訴請求は正当であつてこれを認容した原判決は相当であり、控訴人の控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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